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新年の御挨拶(2002年編)
●旦那より新年のご挨拶
新年明けましておめでとうございます
新しい年を迎えて、皆さんいかがお過ごしでしょうか。僕ら(肇・理江・春樹・花)は、ここ西オーストラリア州バンバリーで元気に暮らしています。
とまあ、通り一遍な書き方で始めてしまいましたが、実は個人的な問題を抱えてます。どうやら僕の体は昨年の間に変わってしまったようなのです。例えば、滅多に風邪を引かないはずだったのに、二ヶ月の間に五回も風邪で寝込む。真冬でも裸足で木の床の上を歩いていたのが、先の冬は手足がやたら冷えて「寒い寒い」とスリッパを履いていた。これまで花粉症など罹ったことがなかったのに、この三ヶ月鼻水鼻づまりに悩まされている。さらにどういうわけか右目の視力がどんどん悪くなる。体の中のエネルギーが枯渇してしまったような頼りない感覚に襲われ続けていました。
いったい自分の体はどうなってしまったのだろうかと考え込みました。今まで「若さ」という力でゴリゴリと物事を押し切っていたのが、もうそれはきっとできないのだなと感じざるを得ませんでした。それなりに歳を取った、というのもまた通り一遍な言い方ですが、体もまた心と同じようにメインテナンスが必要だということなのでしょう。一生付き合うものなのだから、もっと僕は自分の体を気遣うべきなのだろうと改めて実感しています。
でも、とここで言い切るのですが、それ以外は元気です。変な言い方ですが、自分を悩ませるものを一つ一つリストアップしたあとによく考えてみると、それ以外は全部大丈夫じゃないかと健気に思い至るわけです。そう考えることができれば、体の不調もどうやら元気の素に昇華していくような気がして、なんだやっぱりオレは元気じゃないかと気も楽になります。でもやはり僕は自分の体から逃れるわけにはいかないわけだから、もう少しこの体調の問題はきちんと対処しなければならないと思っています。もうすごく若いというわけではないのですから。
さて、前置きが長くなりましたが、昨年を少し振り返らせて下さい。
昨年は、まず年明け早々引っ越しでした。4年間住んでいた大都会パースから、地方小都市バンバリーへと。ここバンバリーは僕ら家族にとってとてもいいサイズの街で、僕や妻だけではなく春樹や花にもたくさんの友人ができたし、この一年ほんとにいいスタートを切ることができました。
4月には『氷海の彼方で』の出版。皆さんのおかげで9月には増刷も果たし、たくさんの方から感想も頂きました。念願の印税生活にはまだまだですが、自分たちの作ったものが形になるというのはとても嬉しいことでした。
昨年の6月と7月に僕らは一時帰国しました。父の病気のためです。一時は、家族も主治医も、そして本人ですら諦めていた容態でしたが、奇跡的に、実際本当に奇跡的に父は快復し、5ヶ月の入院生活の末に無事退院しました。今では自宅で元気に歩き回っているそうです。沖縄にいる2ヶ月間、父のことはもちろんですが、僕は生や死、幸運や不運、家族のありかた、そんなことをずっと考えていました。元気になったと聞いた今、再びそんなことをあまり考えなくなったのは怠慢のせいでしょうか。うーん、困ったものです。
そして今年。実はまた引っ越しで始まります。同じ街の同じ通りなので前回のような大移動ではありませんが、それでも引っ越しには多大な時間とエネルギーを要します。それを考えると少し憂鬱ですが、なんとか頑張って終わらせましょう。その先にある新しい生活を思い描きつつ。
来月2月には春樹が小学校に入学、花が幼稚園に入園です。そして同じ2月に僕は南極に行くことになりました。今回は「しらせ」での南極行動ではなくて、ニュージーランドの船で南極海の海洋観測に参加します。とりあえず身分は船医ですが、平穏にいけば一ヶ月間の楽しい船旅で終わることでしょう。
3月にはまたここバンバリーに戻ってきますが、その先どんなことが始まるのかは分かりません。例年の年賀状に書いているとおり、先のことはいつものように「未定」です。
長くなりましたが、これが僕と家族の今です。つまり結局僕らは元気ということです。
この一年が皆さまにとって充実した素晴らしい一年になりますよう、遠い南の空の下でお祈りしております。
長文にお付き合いいただき、どうもありがとうございました。
では皆さまごきげんよう。
●女将より新年のご挨拶
新年明けましておめでとうございます
年末から一週間パースで過ごし、一昨日帰って参りました。パースでの一週間は旧友達とご馳走続きでとても楽しく、アッと言う間に過ぎてしまいました。洗濯機3杯分の洗濯と掃除をして、また昨晩から「ご飯、おみそ汁、おかず」の通常生活に戻りました。
さて、我が家の去年一年間は落ち着きのないものでした(それではそれまでが落ち着いた年月であったかと問われれば決してそんなことはないのですが)。パースからバンバリーへの引っ越しで明け、新しい土地で春樹を新しい学校に通わせながらやがて4月に「氷海の彼方で」出版。お陰様で9月には増刷もし、夢の印税生活には程遠いものの「処女作でこの滑り出しは悪くない」と喜んでいます。6月には那覇の義父が入院し、急遽一家四人帰国する騒ぎがありました。幸い今ではすっかり回復して自宅で元気に暮らしておりますが、一時は本当に「危なかった」んですよ、本当に。
我が家はこれから引っ越しです。本番は今度の土曜日ですが、大家さんから早めに鍵をもらって徐々に移動を始めます。丁度去年の今頃もこんなでした。一年に二度も引っ越すのは不本意ですが、今賃借している家が売れてしまい、新しい家主が引っ越してくるのですから仕方がありません。7月に日本から帰ってくるや否やこの悪いニュース。前の大家に対する恨み辛みやストレスフルな家探しなど、半年に渡って嫌な思いをしましたが、それはここでは語りますまい。結局同じ通りの十数軒先に小さいけれど明るくて住みやすそうな良い家が見つかったので結果オーライです。
来月になると肇が再び南極に向けて旅立ちます。と言っても今回は大陸上陸はせずに、一ヶ月間だけの船上生活です(船医です)。肇が「仕事だ」と言ってもバンバリーの友人達は「いいなぁ、ハジメ! 一ヶ月間の南極クルーズホリデーか」と冷やかします。そこには言外に(女房子供抜きで)という気持ちが含まれていると感じるのは私のひがみでしょうか? 今回は期間も短いし、子供達も大きくなっているので「氷海・・・」のような痛々しさは伴わないはず、結構楽しい1ヶ月になるんじゃないかなと思っています。そして同じ2月からは春樹は小学1年生、花は幼稚園に通い始めます。週に四日間、半日ずつポッカリと時間ができるので、これをどう使うか思案中です。こういう時間はちゃんと考えておかないと知らない内に日常の雑事で消えてしまいますからね(まるでお金のようですね)。
去年一年、バンバリーに移ってきてからは、私が腰を痛めて一週間寝たきり生活を経験したり、頑強なはずの肇が体調を崩してヘナチョコ状態になって夫婦揃ってオルターナティブメディスンの厄介になったり、(あと慢性的な金欠病は去年かなりクリティカルな状況に陥りましたが内助の功で峠は越し、早くも今年は無事に年越しを迎えられるであろうという見通しが立っています。来年のことは知りません)健康面では決して順風満帆とは言えない一年だったのですが(子供達の下痢・ゲロ・発熱は時と場所を厭いませんし)複数のパースの友人達から「バンバリーに行ってから若返ったんじゃないか?」と言われるところを見るとここの水が合っているようです。
今度引っ越したらダンボール箱は全部開けて空けてちゃんとした生活を始めようと決心しています(もうヤドカリのような暮らしにはサヨナラを言うのです!)。肇が棚を作ってくれないのなら買いましょう。足りない食器も揃えます。そろそろ「住めりゃいい」だけではなく、自分の「スタイル」を持っていい頃だと思うようになりました。年齢でしょうかね。3月からは落ち着いた生活になってゆくはずです。皆さん、どうか遊びに来てください。ドライブの途中に寄って見晴らしの良いバルコニーでお茶を飲むも良し、泊まっていただいて食後に部屋の灯りを落とし、バンバリーの(チョボチョボの)夜景を見ながらワインを楽しむも良し。
それでは今年一年の皆さまのご多幸をバンバリーからお祈りいたしております。今年もどうぞよろしく。
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