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●2001年11月1日
「食欲」
子供がご飯を食べているのは見ていて気持ちのいいものです。何か一つのことに思いを集中させて、そのただ一つのことをやり通す。その動きには無駄がなく、視線の移し方、手と口の動きのコーディネーションなど、よどみなく進んでいきます。
ご飯をスプーンに乗せる。(注意深くか、乱暴にかは個人差があるでしょうが)そのスプーンを口に運ぶ。こぼれたご飯粒を素早く的確に拾い集める。パクパク。お椀の中を覗き込み、一つ、また一つとつまみ上げては口に入れてゆく。ジャガイモ、油揚げ、ワカメ・・・ 「この人達は味わうということをしているのかしら?」という疑問には、いったん口に入れたネギをベロロローッと引っ張り出して父さんか母さんにくれることで「私達だって味わってます」と答えてくれる。鶏の骨付きもも肉にかぶりつく。皮を剥がしてパクッ、肉を繊維に沿ってむしるようにしてムシャムシャ、軟骨だってコリコリッ、ともすると骨までバリバリと食べ始めてしまいます。食べ物で遊ぶのはいけない、彼らのしていることは遊んでいるように見えて実は真剣そのものです。ちょっとやぶにらみ気味に一点を見つめながら、口も手も少しも休めずに食べ物はどんどん胃袋の中へと消えてゆきます。
彼らの「食べる」という行為は神聖ですらある、何か侵しがたい時間に思え、私はただただ見惚れてしまいます。生存するための本能、それは彼ら一人一人のパーソナリティーではなくて、彼らの「種」の部分がそうさせているから、そんな風に感じられるのかもしれません。
「子供は放っておけばこんなにエネルギーを発散させながら、同時にエネルギーを蓄積させてゆくものなんだ」不意に「たった今、アフガニスタンの子供達は何を食べているのだろう?」という思いが頭をかすめ、私は悲しくなりました。
(女将)
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