●2001年9月20日

「大きな声が正義ではない」

アメリカの同時多発テロ事件について、世界中の国が何らかの声を上げ、そして世界中の人々が何らかの意見をもっている。一番良く聞こえてくるのは、アメリカの勇ましく大きな声だ。世界最大の軍事力を持つ国が、「報復」という名の大義名分を手に入れ、けたたましく吠えている。まさに鬼に金棒といった光景だ。

テレビや新聞、インターネットでも日々たくさんの意見や考え方が土砂降りのように、あるいは土砂崩れのように押し寄せているが、昨日、インターネット上にこういう記事を見つけた。アメリカに住むアフガンの声だ。

「萬晩報」:勝者のない戦争

世界情勢を蕩々と説くニュースの解説者の声でもなく、軍事作戦の行方を笑みを浮かべながら説明する元自衛官の話でもなく、アフガニスタンに住む人達の声が、もしかして、今一番我々が耳を傾けるべき人達の声じゃないだろうか。テロの実行組織は決してアフガニスタンの「普通の人々」ではない。もし、アメリカを始め西側諸国がアフガンを無差別攻撃するならば、それはすなわちアメリカの被ったテロの繰り返しでしかない。

目的は「報復」ではないはずだ。テロという犯罪を行った人々と組織を裁き、これからの世界にテロという脅威が繰り返されることのないようにすること、それが今必要とされる現実的な目的だ。

大きな声が耳元でがなり立てている。しかしそれに賛同して怒りの拳を上げる前に、心を澄まし情報の俎上になかなか昇ってこない小さな声を拾い上げよう。