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●2001年8月29日
「タレントの罪と罰とは」
こういうことは、事実関係をきちんと確認して初めて語ることなんだろうけれど、以前から類似の「事件」が起こるたびに思うことなので、ここに書いておく。
SMAPの稲垣吾郎が逮捕された。道交法違反、公務執行妨害の容疑者としてだ。彼はその場で現行犯逮捕され、その夜留置所で夜を迎えた。翌日釈放されたが、検察は拘留を裁判所に求めていたようだ。釈放後、記者会見。
これを書いている現在でも、各テレビ局が彼の出演した番組をどうするかで喧々囂々ともめている。
これは一体どうしたことだろうか。
彼は犯罪を犯した。道交法違反と公務執行妨害。しかしそれは民法と刑法できちんと裁かれるべきものであり、現に(かなり警察と検察の「特別扱い」があったようだが)逮捕されて送検もされている。その刑罰に加えるべきことは一体何なんだろう。記者会見での吊し上げか? 犯罪を犯す前に出演した番組の放送取り消しか?
タレントが「社会に与える影響」の大きい存在だというのはわかる。だけど、社会規範や道徳や法の順守といったことが、タレントに求められる最優先されるべき絶対的なことだとは僕には思えない。彼らにまず求められているのはエンターテインメントであって、「私生活の一部始終」ではないはずだ。社会規範云々をもっとも求められているのは、タレントではなく、警察、検察、裁判官、政治家のはずじゃないのか。
意地悪くいえば、自浄能力を失った警察が、社会の目先をそらせるためにスケープゴートを求めたと思っても仕方ない。そしてマスコミは、その本来の目的であるはずの「権力の監視」といった仕事を棄て、本来弱者であるはずのタレントを、ここぞとばかりに吊し上げる。まるで自分たちが正義の番人であるかのように。権力と戦うのは勇気が必要だ。しかしうなだれ、すでにこう言っている稲垣吾郎を叩くのにいかほどの勇気もいらない。
「ご迷惑をおかけし、深く反省しています。一社会人、人間として未熟だった。心の弱さがあった」
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