春が来た


日本でいけば春三月なのだが、ここ南半球のパースは春の訪れは9月だ。パースの位置するオーストラリア南西部の気候は、雨がちの冬と乾期の夏を特徴とする地中海性気候だ。だからブドウの生育にはもってこいで、パース郊外をドライブすると必ずワイナリーの看板を見る。安くて美味しいワインはもちろんだが、初夏に出回る新鮮で歯ごたえのあるブドウもたまらない。

それはそうと、今年の冬は地元の人に言わせても異常と言えるほど雨が続いた。雨のない長い夏の水需要をまかなうためにも、冬の間にたっぷり雨水が必要なんだと言われているが、それにしてもこの冬は降りすぎだった。例年より二ヶ月も早いペースでダムの貯水量が増えていると新聞にも載っていたし。

その長い雨の毎日もどうやら終わりが見えてきたようだ。9月に入るや否や晴れ間がチラチラと顔を覗かせるようになった。雨のおかげで毎日家の中でつまらなさそうにしていた春樹と花を、ようやく外に連れ出せるようになった。

しかし、長い冬だなあと僕らが家の中でぼやいていた間にも、道ばたや公園の小さな自然達は敏感に季節の移ろいを察知していたようだ。散歩に出た僕たちは、冬の間葉を落としていた広葉樹の枝に小さな芽が吹いているのを公園で見つけたり、道路脇の小さな花々が黄色に白に紫に開いているのに声を上げたりと、小さい春を見つけてははしゃいでいた。それから、道向かいのアパートの庭から枝を伸ばしているビワの木。毎年この時期になるとオレンジに色付いたビワの実を、公共スペースに張り出した枝から頂戴してくるのが僕らの春の行事なのだが、先日目星を付けていた通りいい具合に熟していた。その味をしめた花は、一日何度も「ビワ行こ」と僕と妻の手を引く。

ビワを食べながら僕と妻は「やっと春が来たなあ」なんて話していたのだが、そうだそうだ週末にワイルドフラワーを見に行こう、ということになった。日本だと春の風情は待ち侘びる桜にあるのだろうが、オーストラリアの人々は春になると満開のワイルドフラワーを楽しみにカントリーサイドに車を走らせるのだ。

というわけで、僕らは週末パースから北に80キロほどの小さな町ビンドゥーンに行ってきた。ワイルドフラワーならあっちがいいと、親しい友人のお薦めの場所だ。
車に差し込む日射しが暑いくらいのよく晴れた朝だった。しかし空気はほんのりと湿り薄く薄く霞がかかっているようだ。週末の朝の閑散としたパースの街を抜けるとやがてワイナリーの点在するスワンバレーに入る。枝を伸ばし始めたブドウの木々が道の両脇にずらりと並ぶ。その隙間を埋める草原が、レモン色の小さな花やラベンダーの紫で淡い絨毯のように覆われている。行き交う車も少ない二車線道路になると、路肩のあちこちで交通事故の被害にあったカンガルーの死体を散見する。

話はそれるが、僕がオーストラリアに移住して初めに見たのは、野生のカンガルーではなくて、野生のカンガルーの死体だった。それくらいカンガルー事故はこの国では当たり前の出来事だ。だから昼間はともかくとして、素人が夜イナカの道を走るのはよしたほうがいい。ヘッドライトに目が眩み道の真ん中で立ち尽くしているカンガルーとの衝突事故があるからだ。もちろんカンガルーの方は純粋な被害者となるわけだが、下手すると100キロ以上のスピードを出している車が大破し、乗ってる方は大怪我、あるいは・・・ということも珍しくない。何事も現地事情というのがあるのです。

そうこうしている内にビンドゥーンに到着。町の近くのカソリック系農業学校の裏手に行くと、柔らかな起伏の牧草地帯が黄色い花にびっしり覆われ、その上を羊たちが群れなしていた。その間を突っ切る道の上には羊たちの糞がボタボタと落ちている。窓を開けると湿った臭気。後部座席のチャイルドシートでむずかっている子供達をここで降ろすと絶対に後悔すると確信し、僕らは町中に引き返した。そこの公園で遅い朝ご飯を摂り、小さなピクニックエリアに車を走らせた。

「あ、エミューだ!」

妻が指差す方向を見ると、大人の背丈ほどあるエミューが悠々と誰もいない小さな広場を歩いていた。車道からほんの数十メートル入ったところで野生のエミューを見るとは驚きだった。春樹を抱きながらゆっくりと近づくと、僕の身長ほどもあるそのエミューは「クックックック」とアフリカのドラムの音のような鳴き声をならしながら悠然と歩いていた。逃げるでもなく、攻撃的になるでもなく、ただ気の赴くままトコトコとうろつく。春樹や花じゃなくたってこんなふうに野生の巨大鳥がうろついていたら目を輝かせると言うものです。

帰りたくなーい、という声を残して昼下がりに僕らは帰路についた。春の日射しに程良く暖まった車内で、後部座席の2人はさっそく気持ちのいい昼寝を始めた。子供の特権だよなあ、と妻と話す、春のドライブの一日でした。

2000年10月8日 望波亭旦那